情報発信ルームから

 現状のままである限り、グローバル資本主義は、不安定だ。今日まで国単位で存在した自由市場が自己統制しないのと同じように、世界的な自由市場が、自己統制することはない。世界的な自由市場が誕生してから十年近いときが流れたが、すでにその不均衡は危険な水準にまで達している。根本的に改革しなければ、かつて喜劇でもあり悲劇でもあった一九三〇年代のような貿易戦争や、競争による通貨切り下げ、経済崩壊と政治動乱を繰り返しながら、世界経済は崩壊することになるかもしれない。

 世界的規模の自由市場以外にとる道はないと、あらゆる国の主流派は考えている。この本は、その経済哲学が正しいかどうかを、疑うものだ。一九九八年春に、本書が、英国で出版されたとき、あらゆる政治関係の流派から、攻撃された。今日のグローバル資本主義がひどく不安定だという主張は、終末論的とまでいわなくとも、あまりにも悲観的であるとされた。しかし、一年もたたないうちに、本書の主張の大部分は正しいと証明された。

本書に対する世間の反応は、中心となるテーマの一つを、裏づけている。現在の世論が、政界や、マスメデイア、実業界でも、永遠に変わらない人間生活の実態と、あまりにもかけ離れているために、現実とユートピアの区別がつかなくなっている。そのため、過去の歴史が繰り返されると、驚いてしまう。旧来の、どうすることもできない対立や、悲劇の選択、破滅的な幻想とともに、過去の歴史がよみがえるのを、現在我々は目にしている。 本書が最初に出版された直後、本書の分析を裏付けるような事件が起きた。アジアの経済問題が、遠くの国の国内問題ではないかもしれないとする公式見解もあらわれた。アジア資本主義の危機とされていたものが、実際には急速に拡大しつつあるグローバル資本主義の危機だという事実を直視することになろう。国際経済システムが大きく混乱する時代がせまっているのは、もはや確実だ。既成世論の主張によれば、グローバルな体制は不変だ。しかし、二、三年後には、この主張の支持者であったことを認める人は、なかなか見つからなくなるかもしれない。

本書では、グローバルな自由市場が、歴史的発展の鉄則ではなく、政治構想であると立証している。この構想には大きな欠陥があったために、数多くの苦しみが生まれた。いずれも、おきるべくしておきた苦しみではなかった。しかし、英米流自由市場をモデルとしたグローバル経済を、IMFなどの国際機関は公然と目標に掲げている。グローバル市場は、創造的破壊の原動力だ。過去の市場と同様な、順調で着実な進歩を遂げることはないだろう。好況と不況の循環を繰り返し、投機マニアが登場し、金融危機が起きる。これまでの資本主義と同じように、古くからの産業や、職業、生活のあり方を破壊しながら、グローバル資本主義は驚異的な生産性をあげるが、今度はそれ自体が、世界的な規模となるのだ。

 二〇世紀の経済学者の中で、誰よりも資本主義を理解していたジョセフ・シュンペーターは、資本主義が、社会の絆を保つような働きをしないと考えていた。資本主義のなすがままにまかせるなら、自由主義の文明を破壊することもある。そのため、シュンペーターは、資本主義をコントロールしなければならないものと考えた。資本主義の活力と、社会の安定性を両立させるためには、政府の介入が必要なのだ。同じことが、今日のグローバル市場でもいえる。

 現在、世界中で自由放任を信じている人は、シュンペーターの説を理解しないままに真似ている。経済的な繁栄を促すことによって、自由市場が、自由主義の価値観を広めると考えている。グローバルな自由市場が、新しいエリートを誕生させているのに、新種の民族主義や伝統主義も誕生させていることには、誰も気づかない。グローバル資本主義は、ブルジョア社会の基盤を浸食し、発展途上国をひどく不安定にし、自由主義文明を危険にさらしている。また、異なる文明の平和な共存を、困難にする。

 グローバルな自由放任は、国家間の平和に対する脅威となってしまった。自然な環境で繁栄を続けるための効果的な制度が、現在の国際経済システムには存在しない。主権国家は、減少の一途をたどる天然資源の管理を求めて、争いに巻き込まれる危険がある。国家間のイデオロギーの対立のあとに続いて二十一世紀に起きる戦争は、稀少資源を巡るマルサス流の戦いかもしれない。

 アジアの危機は、グローバルな自由市場が、手に負えなくなってきた兆候であり、歴史上では、アメリカの大恐慌に匹敵するバブル崩壊だ。日本はデフレに苦しみ、中国でもやがてそうなろうとしている。インドネシアやアジアのいくつかの小国では、不況にあえいでいる。ロシアに、金融危機と経済危機がおこり、そして、政治体制が変わろうとしている。このような展開は、安定がおとずれる前兆ではない。全体としてみると、世界経済の不安定さを示している。

 この新しい補遺では、最近のできごとを記して、本書の主張の裏付けとする。そして、未来に対していくつかのシナリオを記し、可能な選択を考察する。

 今日のアジア危機は、西洋の一般通念が早くも結論をだしたように、資本主義のアジアモデルが終末を迎えるしるしだろうか。日本は、独特の経済文化を保てるのだろうか。ヨーロッパ連合は、統一通貨を導入し、グローバル市場の衝撃を遮断できるのか。ドイツの資本主義は、再生できるか。アメリカのバブルが崩壊したら、自由市場への傾倒はどうなるのか。

 本書が最初に出版された後に起きた出来事に関して、生じた疑問について、述べようと思う。その前に、中心となる論点を、再確認するほうがよいだろう。論点は、八つある。

 

 

 

本書の議論

 

 現在の経済哲学によると、自由市場は、市場取引に関する政治介入をやめれば出現する自然な状態とされているが、それは誤りだ。歴史を長期にわたって、広範囲に眺めれば、自由市場は、珍しいものであり、短命な異変であることがわかる。規制された市場のほうが、どこでも自然に発生する、ごく当たり前のものだ。自由市場を創り出したのは国家権力だ。自由市場には小さな政府がふさわしいとする考え方は、ニュー・ライトの政策材料の一つだったが、事実とは全く逆だ。社会には元々、市場に制限を加える傾向があるので、自由市場は、中央集権国家の権力が創り出す場合だけ存在する。自由市場は強い政府がつくりだしたものであり、さもなければ存在できない。これが、本書の第一の論点だ。

 一九世紀の短い自由放任時代の歴史が、このよい例だ。自由市場は、ビクトリア王朝時代のイングランドで、特に恵まれた環境のもとに構築された。他のヨーロッパ諸国と違って、イングランドには、個人主義の長い伝統があった。何世紀もの間、ヨーマンとよばれる農民は、経済の基礎となっていた。議会の権力行使だけが、古くからの所有権を修正し、抹消し、新しい所有権を創り出した。そして、囲い込み運動によって、共有地の大半を私有地に変え、大規模土地所有による農業資本主義が始まった。

  議会には、国民大多数からの代表はいなかったし、議会の権力を制限するものもなかった。このように最適な歴史的環境で、自由放任は、イングランドに誕生した。一九世紀半ばまでに、囲い込み運動や、救貧法、穀物法の制定によって、土地、労働力、食料は、同じように、取り引きされる商品となり、自由市場制度は、経済の中心となった。

 しかし、自由市場は、イングランドにたった三〇年しか存在しなかった。(歴史家の中には、自由放任時代は存在しなかったという極端な主張をする人もいる)。一八七〇年以降になると、新しく制定された法令によって、自由市場は徐々に消滅した。そして、第一次世界大戦の頃には、公衆衛生と、経済効率という目的を達成するために、市場は再び広く規制されるようになった。政府は、主に学校などの、非常に重要な一連のサービスを積極的に供給した。英国の資本主義は、依然として非常に個人主義的であり、大恐慌という破局がおきるまで、自由貿易は続いた。しかし、再び、政治が経済を管理するべきだと主張されるようになっていた。自由市場は、いきすぎた空理空論か、そうでなければ単に時代錯誤だとされた。だが、一九八〇年代にニュー・ライトがあらわれたことにより、この自由市場は、よみがえった。

 ニュー・ライトは、権力を得ると、その国の政治や経済を元に戻せないような形に変更することができたが、支配権を得たいという熱望が満たされることはなかった。自由市場の影響を強く受けて、メキシコ、チリ、チェコ共和国のような国と同様に、英国や、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの政府は、協調組合主義と団体主義の遺産を徐々に廃止していくことができた。だが、どの場合も、自由市場政策を政治的に可能にした最初の連立政権は、このような政策そのものによる中期的な影響のために、次第に衰えることになった。

 公共住宅売却は、サッチャー政策の目玉の一つであり、住宅価格が値上がりしているときだけ、うまくいっていた。しかし、突然、住宅価格が暴落して、何百万人の資産が赤字になるという泥沼にはまったとき、政治問題化した。公的資産を民間に売却し、市場を自由化するのが有利であるのは、景気が上向いて、深刻な影響がごまかされているときだけだ。この深刻な影響は、さらに悪化して、経済不安を起こした。景気後退のために、どのような結末がおきるかが、明らかになったとき、ニュー・ライトの政権は、危機に陥り、余命幾ばくもなくなるのだ。

 新リベラル派による経済改革の政治的な利点は、たいていの国では、左派が軟化することだ。一九世紀後半と同様に、二十世紀後半も、社会の崩壊を引き起こす自由市場の影響をうけて、政治が不安定になっている。

 これから得られる結論として、二番目の論点は、民主主義と、自由市場は、パートナーではなく、競争相手であるということだ。『民主的資本主義』という、新保守主義の意味のない政治スローガンは、非常に問題の多い関係を意味している(あるいは隠している)。通常、自由市場では、民主主義政権が安定することはなく、経済不安によって政変が起きやすくなる。

 ほとんどすべての社会では、現在も過去も、人間の安定や安全という重大なニーズをひどく損なわないように、市場が制限されている。近代後期の環境では、民主主義政府が自由市場の影響を和らげる働きをしていた。ビクトリア王朝中期に存在した、もっとも純粋な形の自由市場が衰退した時期は、公民権の拡大とぴったり重なっていた。民主主義の進歩にともなって、英国の自由市場が後退したのと同じように、大半の国では、一九八〇年代の過度な自由化を、民主的な対立が原因となって、後継政権が部分的に廃止することになった。だが、グローバルなレベルでは、自由市場を抑制するものは、いまだに存在しない。

 市場経済と民主的な政府を調和させる歴史的なプロジェクトの一つが、いわば最終的な後退ともいうべき状態に陥った。ヨーロッパの社会民主主義は、若干の国では、政治体制として、実際に現在も存続している。しかし、戦後の繁栄を可能にした経済に対する影響力は、その社会民主主義政府から、失われてしまった。グローバルな債券市場が登場したために、社会民主主義政権は、多額の借り入れを実行できなくなってしまった。また、資本が自由に逃避できる開放経済では、ケインズ政策の効果が失われる。世界中で生産拠点が移動可能なことから、企業は、規制と税負担がもっとも少ない場所へ、移動できるからだ。

 社会民主主義政権には、もはや従来の社会民主主義的なやり方で目標を追求する手段がない。その結果、ヨーロッパ大陸のほとんどの国では、大量失業は、解決の見込みがない問題となっている。わずかにノルウェーのように棚ぼたの石油収入があるといった特別な場合だけ、社会民主主義体制の寿命は、永らえているにすぎない。だが、多くの場合、社会民主主義と、グローバルな自由市場との間にある矛盾は、どうすることもできないようだ。

 今日、グローバルな経済統治機能を持つ制度はほとんどなく、多少とも民主的な制度はなおのこと全く存在しない。人間らしいバランスのとれた政府と市場経済の関係は、望むべくもない。

 三番目の論点は、社会主義が、経済制度として元に戻せないほど崩壊したということだ。経済と人間の観点から見ると、社会主義による中央集権計画の後に残ったものは、廃墟だ。ソ連は、多くの人間の命という痛ましい代償を払いながらも、高度成長をなしとげた体制ではない。何百万人の命を奪い、自然環境を破壊した全体主義国家だ。巨大な軍事部門と、公衆衛生のある分野を除くと、経済や社会の業績という点で、ソ連には何もみるべきものがない。毛沢東時代の中国に、国策によって起きた飢饉と、恐怖、自然環境の破壊は、ソ連よりもさらにひどい。

 二十一世紀に何が起ころうとも、崩壊した社会主義は復元できないだろう。将来、考えられるのは、二つの経済制度ではなく、資本主義の変種しかない世界だ。

 四番目の論点は、マルクス流の社会主義が内部崩壊したことを、西欧諸国、特にアメリカは、資本主義の勝利として歓迎したが、その後、旧共産圏の国は西洋のどんな経済モデルも採用しなかったという点だ。

 ロシアと中国では、共産主義消滅後、独自の資本主義が復活した。しかし、共産主義の遺産があるゆえに、どちらもひどくゆがんだものとなっていた。ロシア経済を支配したのは、犯罪による一種のサンディカリズムだった。この奇妙な経済制度の原型は、おそらく、ソ連の地下経済時代にあるが、繁栄した帝政ロシア末期に、国営の巨大企業や、冒険家の起業家が混在した時代の経済に似ているところがある。中国の資本主義には、世界中に散在する華僑の資本主義と多くの共通部分がある。とりわけ、親戚関係が事業に果たす大きな役割がそうだ。しかし、共産主義時代の遺物の、不正行為や、軍を含む機関の民営化が、中国でもいたるところでみられる。

 従来の世論では、共産主義の崩壊を、『西洋』の勝利としてとらえている。実際にマルクス流社会主義のもとになったのは、西洋のイデオロギーであった。歴史を長期にわたって支配したマルクス流社会主義が、ロシアと中国で崩壊したのは、すべての西洋モデルに従う近代化が失敗したことを意味する。ソ連の中央集権計画崩壊と、中国の中央計画制度廃止が示すものは、一九世紀の資本主義工場をモデルとした近代化強行という実験の終了だ。

 五番目の論点としては、別々の経済システムの土台となっているものの、マルクス・レーニン主義と、自由市場による経済合理主義には、多くの共通点があると論じている。

 マルクス・レーニン主義と自由市場の経済合理主義のどちらも、自然に対してきわめて独特な態度をとる。そして、どちらも、経済進歩の犠牲者には、ほとんど同情を示さず、人類の文化がもつ歴史的な多様性の代わりに、単一の普遍的な文明を強制しようとする啓蒙思想計画の変種である。グローバルな自由市場は、啓蒙思想計画のもっとも新しい形であるが、おそらく、最後のものとなるだろう。

 現在の議論は、何世紀も続いた歴史的過程であるグローバル化と、世界規模の自由市場という短命な政治構想を、混同している。適切に理解するなら、グローバル化は世界の遠く離れた場所で、経済と文化の相互結合が増加することだ。その起源は、一六世紀以降の帝国主義時代に、ヨーロッパの支配権が、他の地域にまで及んだ時代までさかのぼる。

 現在、このプロセスの大きな原動力となっているのは、距離の差をなくすような、新しい情報技術の普及だ。西洋の(とりわけアングロサクソンの)方法や価値観が世界中に広まることで、グローバル化が普遍的な文明を創り出すと、従来の思想家は考えていた。

 実際には、世界経済の発達は、ほとんどが別の方向へ向かっていた。ヨーロッパの列強に保護されて、第一次世界大戦前に数十年間存在した自由な国際経済は、今日のグローバル化とは違う。現在のグローバル市場には、その当時の英国や、ヨーロッパの大国のような支配力を持つ西洋の国は存在しない。それどころか、遠い未来に、世界中で新技術が陳腐化するならば、西洋の国力と価値観が揺らぐだろう。核兵器の技術が反西洋体制の国にまで普及するのは、もっと大きなトレンドの前兆にすぎない。

 グローバル化した市場が、英米流の自由市場を、世界中に広めることはない。自由市場の変種を生むだけでなく、あらゆる資本主義を、変化させている。無秩序なグローバル市場は、古い資本主義を破壊し、新種の資本主義を誕生させ、すべてを常に不安定なものする。

 普遍的な文明という啓蒙思想の考え方は、アメリカでもっとも顕著である。アメリカでは、この啓蒙思想が、西洋の(いうなればアメリカの)価値観と制度を世界中が受け入れることと同じ意味だとされている。アメリカが、普遍的なモデルであるとする考え方は、長い間アメリカ文化の特徴だった。自由市場のイデオロギーに奉仕する、国家的使命というこの考え方を、八十年代になって、右翼は、自分のものにすることができた。今日、アメリカ企業の力が世界中に広まることと、普遍的な文明という模範を、アメリカで発表された論文のなかで、識別するのは不可能だ。

 だが、他の国は、アメリカが世界の手本だとする主張を認めない。アメリカの経済的な繁栄の代償となった、社会の分裂や、高い犯罪率と収監率、人種や民族の対立、家族と共同体の崩壊規模を、ヨーロッパや、アジアのどの国の文化も、許容しないだろう。

 拡大する西側諸国の主導権をアメリカが握っているという考え方は、大体において事実に反する。現在の状況では、『西洋』というカテゴリーは、不明確になりつつある。この例外はアメリカであり、多文化主義というどうにもならない現実を、先祖帰りのように拒否している。

 アメリカは、多くの国内政策、対外政策について、他の『西洋』社会とますます対立するようになってきている。社会が極限にまで分断され、自由市場に闘争的なまでに肩入れしている点で、アメリカは特異だ。非常に重要な利害を共有しているが、ヨーロッパとアメリカの距離は、文化と価値観の点で、さらに遠ざかっている。振り返ってみると、第二次世界大戦から冷戦終結直後までの緊密な協力関係の時期は、アメリカの対欧関係の中で、例外的なものだったといえるだろう。

 さらにこの裏付けとなるのは、自国の文明を独自のものであり、旧世界とはほとんど共通するものがないとするアメリカの思考パターンが、歴史的に長い間繰り返されてきたことだ。奇妙にも皮肉なことだが、アメリカでは、新保守主義が優勢になって、自国を普遍的なモデルだと信じたために、ヨーロッパや『西洋』諸国の一員でなくなるプロセスが加速されているように見える。

 アメリカは例外だとする理論と、自由市場のイデオロギーが融合したことは、六番目のテーマだ。グローバルな自由市場はアメリカの構想だ。現在経済的な防護策を講じている国にまで、自由市場が拡大されると、アメリカ企業は利益を得ることがある。しかし、だからといって、グローバルな自由放任が、アメリカ企業の利害を単に正当化するためのものだという意味ではない。

 グローバルな自由市場で、長期間勝利するものはない。アメリカの利益にならないのと同じように、どの国にとっても利益にならない。それどころか、世界市場が大きく混乱すれば、その影響をうけるのは、他のどの国よりも、アメリカ経済だろう。

 グローバルな自由放任は、アメリカという企業国家の陰謀ではない。二十世紀に起きた悲劇の一つだ。アメリカの自信過剰なイデオロギーは、人間が常に求めている事柄を理解せず、そのため、挫折するのだ。

 自由市場は、人間にとって数ある大切なことの中で、とりわけ、安定と、ブルジョア社会の職業構造による社会的なアイデンティティを踏みにじった。無傷のブルジョア文明の前提と、グローバルな資本主義による必然性の間に、矛盾が生じた。これが、七番目のテーマだ。現代末期は常に不安定だ。とりわけもっとも有害なタイプの自由市場で、特に顕著なこの不安定さが、ブルジョアの価値観とその中核となる制度に、痛手を与えた。

 その中でもっとも目につくのは、職業のキャリアについての制度だ。従来のブルジョア社会では、中産階級の大半が、一つの職業で、生涯を全うすると考えるのは、当たり前だった。今そのような希望を抱ける人はほとんどない。経済不安の深刻な影響のために、一生のうちに経験する職業の数が増えただけではない。職業のキャリアという考え方そのものが不要になったのだ。

 職業経験がものをいう年功序列の古くさいキャリアの考え方は、多数派の労働者に、おぼろげな記憶として残っているにすぎない。その結果、中産階級と労働者階級という、おなじみの区別は、実体を失いつつある。ブルジョア化という戦後の傾向は逆転し、有職者の中には、プロレタリアに戻った人々も多い。

 『脱ブルジョア化』は、アメリカで一番進んでいるが、経済不安は、ほとんど世界中で増している。この原因の一つと考えられるのは、グローバル自由市場にともなう影響である。この場合、自由市場は、社会的責任を負担しているタイプの資本主義が、徐々にその負担を支えきれなくなるという、グレシャムの法則(悪貨は良貨を駆逐する)のような働きをする。世界中で資本と生産拠点が移動することにより、『徹底的な競争』が起こり、その中で、人間的な思いやりのあるタイプの資本主義経済は、規制緩和と、税や福祉給付の削減を迫られることになる。このような対立関係が生じることによって、戦後競い合っていた様々な変種の資本主義は、突然変異し、姿を変えていく。

 八番目のテーマは、何ができるかを、考察している。アメリカの主導権では、普遍的な自由市場を実現するのは短期間でさえ不可能だ。しかし、世界経済の改革に拒否権を行使する力は確かに持っている。アメリカが、グローバルな自由放任について『ワシントン・コンセンサス』に固執している限り、世界市場の改革はあり得ない。『トービン税』(投機的な通貨取引に対して、世界レベルで課税するというアメリカの経済学者の提案)などは、実現されないだろう。

 改革が行われなければ、その不均衡を支えきれなくなるとき、世界経済は崩壊する。貿易戦争のために、国際協調はさらに難しくなるだろう。世界経済は経済ブロックに分裂し、それぞれの経済ブロック間で、地域の覇権をめぐって、争いが起こるのだ。

 映画『外人部隊』では、百年前、世界の大国が中央アジアの石油支配を巡る戦いを繰り広げたが、二十一世紀に、それが、再現されるかもしれない。稀少な天然資源を支配するために、国家が対立するとき、軍事衝突を回避するのは、さらに難しくなるだろう。弱い独裁主義体制は、軍事的な危険を冒すことで、経済を支えようとする。スロボダン・ミロシェビッチは、旧ユーゴスラビアのネオ共産主義者の指導者だが、他の多くの国に今後あらわれる独裁的な民衆扇動家の元祖となるかもしれない。

 グローバルな自由放任が崩壊すれば、もっとも起きる確率が高い人類の未来は、深刻な国際的無秩序だ。

 

 

 

 アジアの不況とアメリカのバブル経済ーグローバルな自由放任の終わりとなるか?

 

 西洋諸国が、アジアの危機からうける印象は、グローバル経済で生き残る資本主義は、自由市場だけだと証明しているようなものだ。アジアの資本主義が、経済発展の初期段階で、驚くべき離れ業をなしとげたことを、否定する人はほとんどいない。しかし、今日、その考え方はすたれてしまったとされている。西洋のコンセンサスによれば、アジアの問題は、現在、英米流資本主義以外の選択肢が世界には存在しないと証明している。

 確かに、わずか二、三年前には、その同じ時事解説者が、アジアの資本主義を、西洋が模倣すべき手本だとほめたたえていた。西洋の世論にあったこのようなエピソードは、今忘れ去られている。自由市場の勝利も、同じように短命なものとなり、急速に忘れ去られることだろう。

 政策と理論を支配していた今までのパラダイムが思いがけない形で終わりを迎えるという、歴史的な区切りとなる時期が迫っている。第二次世界大戦後、ケインズ理論が勝利したときも、そのような区切りとなる時期だった。大恐慌と第二次世界大戦が、一九三〇年代の財政と経済の正統派理論に与えた影響を、アジアの不況も自由市場イデオロギーに及ぼすだろう。

 アジア危機が歴史の上でどれほど重大であるかについて、西洋の評論家や政策立案者は全く気づかなかった。単一のグローバル市場という構想の奴隷となっている超国家組織は、事件が起きる度に何度もゆらいだ。東アジアの問題は、主に金融機関に関するものであり、経済的な影響はほとんどないというのが最初の主張だった。その解釈が持ちこたえられなくなると、アジアの景気後退は、構造的な問題によってさらに悪化したと論じた。

 このような見解の修正も、危機の規模を説明するのには、まだまだ不足だ。欧米銀行の予測によると、一九九八年の後半時点で、国内総生産の下落幅は、一年間に、インドネシアで二〇%、タイで一一%、韓国で七・五%だ。インドネシアの失業率は、少なくとも二千万人に達するとされ、国民の半数は、年内に貧困化するとの予想だ。

 これほどの経済活動の低下は、普通景気後退の兆候とはいわない。不況の始まりとするのが、当然だろう。

 アジアでの不況悪化の規模は、認識され始めている。しかしその原因と世界経済に対する影響は、まだ理解されていない。

 アジア不況は、自由に資本が移動すれば、経済の安定性にとっては、悲惨な結果をもたらす可能性があるという、歴史的証拠だ。勝手気ままな資本は、一晩でアジア市場から逃げ出すが、その逃避は何十年もの間、実体経済に最悪の影響をもたらすだろう。投機的な資金移動のために起きた経済危機が、社会と政治に残す傷跡は、長い間消えない。

 一九九〇年代末期のアジア通貨の動きは、歴史的に見れば、影響がすぐに吸収されてしまうような短期的金融変動ではなく、グローバル危機が早期にあらわれた兆候とされることだろう。一九三〇年代以降の西洋諸国にはなかったほどの経済と社会の激動が、両大戦間のヨーロッパに生じたような政権と体制の変化を伴わずに、東アジアで起きると考えるのは、西洋の世論が歴史を知らない証拠だ。アジア危機の結末として、今後最もふさわしいシナリオは、アジア地域全体が、長期にわたって不安定になることだ。アジアの不況が悪化するにつれて、反西洋を旗印にした民族主義が再び勢いを増し、体制の急変が起こり、古くからの民族対立に火がつき、大量の難民が流出し、独裁国家が再びあらわれてこの地域の政治情勢が変化することになろう。このような展開の中では、西洋の自由市場という思想に、なんらかの役割があるとしても、ごくわずかだ。

 英米流の資本主義が、アジア危機の結果、(他のモデルがすべて混乱しているため不戦勝となったとしても)、現在もっとも有望な経済システムだとすることはできない。このような解釈が考えられるのは、歴史を無視し、西洋の人種差別が続く場合だけだ。これからわかるのは、あらゆる既存の資本主義が変化しているということだ。

 アジア諸国は、現在他の国と同じように、絶えず突然変異していて、社会のきずなと政治の安定度は、思いがけない方向に変化する。他のいかなるものも、自由市場経済と同様に、この変転から遮断されることはない。アジア危機は、自由市場が普遍的に勝利するしるしどころか、グローバル資本主義が大混乱する時代の前触れだ。

 これが、現在の世論で(とりわけアメリカで)、ほとんど論じられていない展開である。アジア危機に対するアメリカの認識には、奇妙な矛盾がある。アジア資本主義が終末の危機を迎えているしるしとして、東アジアの経済問題を、アメリカは歓迎している。もしそうならば、世界の歴史的な巨大変動であり、長く続くものだ。アジア諸国は、巨大な、長引く問題を抱えているが、自由市場を終わらせるような衰退期ではない。アジアの資本主義には、アジア諸国の家族生活、社会構造、政治や宗教の歴史が、あらわれている。それらは、超国家組織の規制当局が、自由気ままに、変えられるような制度ではなく、独自の歴史と伝統的な知恵に満ちた慣習が密かに存在する、社会と文化の制度なのだ。

 国際通貨基金の政策をつくった、歴史を知らないオブザーバーだけが、アジア諸国は伝統の遺産を捨て去るだろうという構想を立てられる。歴史に学ぶとしたら、アジアの資本主義は、現在の危機から、予想もできないような変化を遂げて立ち直るだろうと確信できる。西洋のモデルに従って、作り直すことなどないだろう。だが、アジアの資本主義が『西洋』の資本主義に収束するとしても、何世代にもわたる悪夢のようなプロセスをへて、文化と政治が変化するだろう。

 つい最近まで、アメリカの世論は、このような構造変化が続いても、自分たちの日常生活は変わらないと確信していた。アジアの経済崩壊がアメリカに及ばす影響はわずかであり、プラスの影響だとまで考えていた。一方では、アメリカの政策立案者が認識していた(実際には執着していた)のは、グローバル化された市場では、どこかで大きな変化が起これば、あらゆる場所の経済に影響を与えるということだ。

 このようなつじつまの合わない予想によって、非常に不安定な世界観がつくられた。アメリカは、自国をグローバル化の原動力だと考えていると同時に、グローバル化の混乱から、どういうわけか隔離されていると考えている。資本主義がグローバルになると、それにつきものの不安定さもグローバルになるとは考えなかった。

 アメリカで『新パラダイム』を予言した人の説によると、過去に目を向けるとき、資本主義は必然的に、破壊的であると同時に創造的である。そのたぐいまれな高い生産性は、既存の産業を破滅させて、社会生活として確立されていたものをくつがえす。現在と未来に目を向けるときは、そのような不愉快な事実には、素知らぬ顔をする。期待するものは(少なくとも約束するものは)、常につきまとっていた苦痛と混乱をまぬかれている、莫大な生産性だ。

 アメリカの見解と歴史的な事実に関する、このような認識のギャップのために生じた非現実的な自信は、アメリカ経済の脆弱性を立証すれば、簡単に論破できるだろう。

 アメリカの株式市場が高騰したのは、経済のリストラだけが原因ではないし、またそれが主な原因でもない。アメリカの情報技術進歩によって、確かに経済の競争優位は高まった。同様に、一九九〇年代初期の、非人間的なダウンサイジングや、頻発する企業のリストラによって、アメリカ企業はコスト面で相当の優位を獲得した。このような範囲に関する限り、アメリカの好況の原因は、実際に経済効率がよくなったからだ。

 ウォールストリートでの非常に高い株価は、もう一つの証拠だ。これは、歴史上、政府の地政学的戦略によって、自国が勝利したとするアメリカの自信が原因だ。共産主義の崩壊、ヨーロッパ経済の低迷、アジア経済の崩壊など、十年足らずの間に起きたこのような急速な変化が意味するのは、多くのアメリカ人にとっては、『アメリカの政治理念』が正当であると、最終的に証明されたということだ。

 一九九〇年代末期には、アメリカの世論は、アメリカの価値観が、急速に、そして後戻りすることなく、世界中に広まることを確信していた。景気循環が時代遅れになったという非現実的な見解が、正統派理論とされた。アジアやヨーロッパのオブザーバーにとって紛れもない事実である『歴史が復活する』という予想は、考慮されず、さもなければ無視された。長期にわたるアメリカの好況は、国家的な傲慢といううわべだけのはかないムードから生じた、投機によるバブルと化している。

 このバブルは、いつ終わってもおかしくない。これは、部分的にアメリカの軍事的な覇権という前提のうえにたっているが、アジアの事件によって、この覇権の化けの皮がすでにはがされてしまった。インド亜大陸の核軍備競争は、それ自体がアメリカの安全保障に直接の脅威を及ぼすことはない。だが、核兵器を持ってインドとパキスタンが対峙すれば、アメリカ主導の国際的な核軍縮運動は無駄になり、その結果世界の危険度が増すことになる。

 南アジアの核兵器による軍備競争を回避するために、確かにアメリカはあらゆる影響力を行使した。しかしそれが失敗に終わったことも間違いない。核拡散防止のために、アメリカは、不愉快な事実を直視しなければならなかった。それは、グローバル化によってアメリカの力は増加せず、制限される傾向があるということだ。アメリカは、世界で最強の軍事力を有するが、軍事力を支える技術が広まるのはとめられない。

 アメリカの経済力も、同様に制限されている。中国通貨の競争的切り下げがおきれば、東アジアの被害は甚大であり、アメリカ経済も大きく後退する。極東地域のデフレを悪化させ、アメリカ議会には、保護主義の反動が生じるだろう。ウォールストリートが、悪夢のように奮闘するのは確実だ。そのような展開を予防することは、アメリカにとって何よりもまさる重大事だ。しかし、アメリカが、それを防ぐためにできることはほとんどない。

 アジア危機から逃避するための安全な避難所として、西洋の政府は、中国をほめたたえた。これまでのところ、その原因は、単に中国がグローバルな自由市場からある程度離れたところにとどまっていたからだ。中国政府の経済に対する支配力は、かなりのものだ。中国を賞賛していた西洋の政府が見過ごしているのは、その相対的な安定性が、西洋の助言や見解を、常に軽蔑していたことによる副産物であり、その軽蔑には、もっともな根拠があるということだ。

 中国の経済政策は、主に国内の政治要因によって決まる。アメリカ政府が、どのような動機付けを与えても、中国の支配者は、失業率が上昇する危険の方を、重大問題とするだろう。中国は現在、田園地方から都市へと、莫大な人口が急速に移動する歴史的な時期にある。失業については、すでに一億人の労働力余剰が生じている。多くの国有企業を倒産させる政策によって合理化が進むため、この数字が上方修正されるのは確実だ。中国政府の戦略は、そのような労働者を輸出企業で再雇用するというものだ。中国経済の中には、デフレが顕著な兆候を見せている部門もある。そのような状況のなかでは、失業率上昇を未然に防ぐという責務が、政治的に生き残るために最優先される。

 西洋の見解では、中国の現体制が、アジアの不況をさほどの困難もなく乗り切ると予想されている。このような予想を、中国の支配者がどれほど持っているかについては、不明だ。一見堅固だったロシアの全体主義体制が崩壊するのを、みてきた。安泰と思われていたインドネシアの独裁政治が、経済危機のために、月単位で倒れるのを目撃した。中国に同じことが起こらないと錯覚することは、ほとんどありえない。

 中国の支配者には、西洋の政府とは違って、歴史感覚がある。近隣諸国を巻き込んだ不況を生き延びるとしたら、歴史上もっとも著しい離れ技のような政治手腕が必要だろうと、覚悟せねばならない。権力にとどまるためには、いかなる手段も行使するだろう。競争的な通貨切り下げは、死にものぐるいの戦略の中でも、政府が経済状況を悪化させ、社会と政治の不安材料を増すような方策の一つとなるだろう。天安門事件のような出来事を予想するのも無理はない。

 東アジアの通貨切り下げスパイラルが起きるとしたら、世界経済のシステミックな危機を引き起こす可能性のあるいくつかの重大事件の一つにすぎない。一九九八年八月の切り下げ後に起きたロシア通貨ルーブルの暴落は、同じような結果を生じる可能性があった。ロシア経済が再び崩壊すれば、その結末は、政権交代ではなく、体制が大きく変化する可能性がある。そのような体制の変化が、『西側諸国』に及ぼす影響は深刻となろう。西側諸国は、ロシアの民主化移行が、逆戻りすることはないと考えていた。現在ロシアの専制主義がよみがえる可能性があるが、それに対応する準備はできていない。西側諸国の政府は、そのような展開を国際システムに対する脅威と考える。同様に、ロシアの新体制がどのようなものであれ、ロシアに資本主義をもたらした西側諸国政府や超国家組織の失敗を利用して、西側に対する敵対感情に火をつけるだろう。ロシアの体制変化によっておきる予想もつかない事態の中で、国際経済協調が、かつてないほど困難になることは確実だろう。

 ロシアで、経済が崩壊し、再度体制が変化する。日本でさらにデフレがおきて、金融システムが弱まり、日本が持っているアメリカ国債をやむなく売却する。ブラジルとアルゼンチンで金融危機が起きる。ウォール街で暴落がおきる。このような事件の一つ或いはすべてが、現在の環境では、その他の予見不可能な出来事とともに、グローバル経済が混乱するきっかけとなる可能性がある。どれか一つでも起きれば、まず起きることの一つとして、議会をはじめ、アメリカで保護主義のムードが急速に高まるだろう。

 普通のアメリカ人は、長引く景気後退に耐えられる状態ではない。連邦福祉制度を廃止したことにより、失業率が上昇しても失業者に対する援助はほとんどない。一億人以上のミューチュアルファンド保有者が、激動する市場で、資産の大半を失ったら、国民が保護主義を支持するようになるのは、避けがたいだろう。

 経済史の常識によれば、国際経済が崩壊するとき、福祉制度がない国は、保護主義という手段に訴える傾向が強い。アジアの不況が悪化すると、このような歴史のパターンが、必ず繰り返される。

 アメリカでの個人の債務と破産の規模は、現在、歴史的な水準に達している。多くのアメリカ人にとって、株式市場が高値圏にあることだけでなく、値上がりが続いていることによって、現在の消費が、支えられている。景気が悪くなれば、そのような人々は、貧乏になったと感じ、また実際に貧乏になることだろう。大衆の投機心理が常に存在することを、地政学の勝利主義に、重要な要素として、つけくわえねばならない。この熱狂的な雰囲気では、ソフトランディングは不可能に近い。二十%くらいの下落では、自信過剰に変化が起こらない。

 一九八〇年代末期に日本で起きたような相場の反転(三分の二以上の下落)が、アメリカ株式市場に起きれば、アメリカの中産階級の一部は、貧困化する。株式市場で創り出された莫大な富が突然消えたらば、中産階級の不安はこの上なく高まるだろう。暴落の影響は、すでに貧困な人々にとっては、さらに過酷だ。一九三〇年代に、ジョン・スタインベックが詳しく描いたその日ぐらしで放浪するアメリカ人のような人々が、再び現れると考えるのは、根も葉もないことではない。

 アメリカ経済が大きく後退したら、どのような副産物が生まれるかを、前もって知ることはできない。しかしアメリカが自由市場へのめり込んでいる状態は、長くは続かないだろう。いずれにしろ、保護主義が繰り返し登場した、アメリカの長い歴史の中では、短期の異変に過ぎない。

 過去二十年間の新保守主義の政治コンセンサスが、アメリカ国民に定着した信念をあらわしていると解釈するのは間違いだろう。一九九〇年代初め、過激な右翼である共和党の人気は、急速に伸びて、さらに急速に下降した。このことから、アメリカ選挙民の成熟度だけでなく、どれほど気まぐれであるかということがわかる。

 深刻な景気後退が、急激に起きて長引くことになれば、アメリカ政界の自由市場信仰にとって試金石となり、その結果、この信仰心は失われることになろう。アメリカの経済国家主義が、突然それにとってかわるなら、近年アメリカの政策立案者が普遍的な自由市場に熱烈な愛着を示していたことから考えれば、皮肉な出来事だ。

 アメリカ経済をどのように改革するかについて記すのは、私の本意ではない。たとえ、私にその能力があろうとも、それはアメリカ人の仕事だ。本書の主張は、いかなるタイプの資本主義も、世界中すべてにふさわしくはないというものだ。それぞれの文化は、自由に独自の資本主義をつくるべきであり、他の文化が育てた資本主義と、折り合う道を探るべきだ。

 ちょうどアメリカの習慣を他国に押しつけた場合のように、ヨーロッパやアジアの資本主義特有の習慣を、アメリカが模倣するのも、お門違いだ。経済改革は、それぞれの文化の固有な価値観で、すすめられるべきだ。アメリカを例に取ると現在、ヨーロッパやアジアよりも、個人主義である。大きく違う文化の経済的な習慣を、アメリカが取り入れようとするべきだとは、思わない。

 アメリカの課題は、自由市場の代わりになるものを工夫することではなく、人間にとって欠かせないものを、大切にすることだ。(逆説的なことだが、アメリカで改革の課題としてあげられるものは、すべて現在禁止されていることに自由市場原理を、拡げるものとなりそうだ。例えば、巨大な麻薬市場という地下経済などがある)。市場が急落すれば、必ずアメリカの経済国家主義が登場する。そして、必要な、巧妙かつ微妙な経済改革は、不可能になる。

 一九九七年の終わり頃、本書の第一版が出版される前に、私は、次のように記した。「西洋の自由市場主義者が、アジア諸国の経済問題に対して勝ち誇った態度をとるならば、自らを近視眼的で自信過剰であること(はじめてのことではないが)を、示しているのだ。アジア諸国の中には、大幅な経済改革を行わなければならない国もある。だが、アジアの金融危機は、自由市場が世界中に広まる前兆ではない。グローバルなデフレ危機のプレリュードである可能性がある。このような事態が進展するうちに、アメリカは、現在アジアや世界中に強制しようとしている、規制のない自由市場という体制に怖れをなして退散する」。これが、私の予言であり、変更する理由を認めない。

 

 

 

 日本は、独特の経済文化を維持できるか

 

 日本は、アジアで唯一の経済大国であり、今後もその地位を維持するだろうと予想される。アジアで最初に工業化された、世界最大の債権国として、アジアのどの国よりも優位に立っている。高い教育水準と莫大な資金プールがあるため、二十一世紀の知識ベース経済に対しては、おそらくどの西側諸国よりもふさわしい状況がある。だが、金融危機と経済危機に直面しているために、日本独特の経済文化の存在そのものが、危うくなっている。

 日本の経済問題を解決しなければ、アジアの危機は悪化の一途をたどるだろう。その場合、世界経済は、日本に続いて、デフレと不況に陥る危険がある。現在日本では、一九三〇年代にアメリカやその他の国で起きたような規模で、資産価値が下がり、経済活動が縮小している。日本のデフレを退治しなければ、アジアと世界がデフレを回避する見込みは、ほとんどない。

 日本の経済問題に対して西洋が作成した処方箋は、矛盾だらけだ。今も昔も、超国家組織が主張しているのは、日本は、西洋のモデル(より具体的にはアメリカのモデル)に従って、金融制度と経済制度を再構築しなければならないというものだ。日本の経済問題に対するこのような解決策は、全面的なアメリカ化である。このような主張をする人からみると、日本が、経済問題を解決するのは、日本人であることをやめるときだけだ。時折、このようなことが率直に表現されることがある。アメリカの新保守主義に属する雑誌に、満足げな記述があった。「アメリカには、ペリー提督の役割をしてくれるIMFがついている」。

 そのような西洋化を強行する政策の結果は、独特でかけがえのない文化が絶えるだけではすまない。過去半世紀の間、日本のめざましい経済進歩とともに存在した社会のきずなを、破壊することになる。ところが、現在のデフレ危機は解決されない。

 西洋の政府が日本に要求しているのは、(先進国の中では、日本だけということらしいが)、ケインズ政策をとることだ。西洋のコンセンサスによれば、日本は、減税と公共投資を行って、巨額の財政赤字を計上しなければならない。一方で、西洋の超国家組織は、日本の労働市場を解体せよと要求する。その労働市場は、過去五十年間、完全雇用を確保してきた。日本がこれらの要求に応じるなら、その結果は、問題を一切解決することなく、西洋社会の解決不可能なジレンマを輸入するだけかもしれない。

 日本に西洋諸国が現在突きつけているようなケインズ政策は、デフレを退治するのには役立たない。そもそも、そのような政策は、先の見えない時代に貯蓄を殖やす日本人の文化的傾向を、全く考慮していない。現在の状況では、さらなる減税で自由になる金も、消費に回らず、単に貯蓄が殖えるだけだ。経済不安が広がるにつれて、通常の水準をはるかに超えるところまで、日本の貯蓄は膨らんでいる。減税が恒久減税とされても、さらに貯蓄率が上がるだけだろう。

 減税によって日本で増えた手取り収入が、効率よく投資されるとしたら、外国への投資となるだろう。赤字国債発行による資金調達も、経済に期待された効果をもたらさない。資本がグローバルに動くとき、高水準の公的借り入れが、国内経済活動を刺激するという保証はない。ケインズも気がついていたように、赤字財政という政策が成果をあげるのは、閉鎖経済に対して実施されるときだけだ。資本が自由に移動するとき、そのような政策は、ほとんど効力を持たない。その結果、日本は流動性の罠に陥る。ケインズ政策では、それを救えない。西洋の政府は、日本の体制について、資本移動を自由化し、金融を規制緩和せよと、執拗に迫っていた。しかし、それによって、現在日本に押しつけているケインズ政策の効果がなくなるとは、気づかなかったようだ。

 日本が西洋の要求通りに労働市場の規制緩和をすすめるなら、さらに事態は悪化するだろう。もし西洋のモデル(とりわけアメリカのモデル)に従って、労働市場の規制が完全に緩和されるなら、失業率は倍増し、もしかすると三倍にまで達するかもしれない。それは、もちろん、わざとやっていることだ。しかし、労働者の不安を増大させ、それによって日本の貯蓄傾向は強まる結果となろう。消費を刺激するという減税のねらいは、かくして、挫折する。

 おそらく、日本政府が消費を刺激できる唯一の策は、何とかインフレを起こして、貯蓄が得にならないようにすることだ。しかし、他の国では、インフレに対抗して、さらに貯蓄することがある。たとえ、金を失うことになろうとも貯蓄する。日本人が、そうはならないとは限らない。そのような政策の結末がどのようなものであろうと、円の暴落は避けられない。なぜなら、アジアで他の国が、とりわけ中国が、それと同じようなことをして返すことになるからだ。これは、西洋の政府が何よりも恐れる結末だ。

 日本の労働市場におしつけようとしているフレキシビリティが、政府に強制しているケインズ政策とうまく折り合わないことを、西洋の政策立案者は、理解していない。さらに、日本の需要を喚起するのに最も有効となる可能性のある政策が、アジアで競争的通貨切り下げを引き起こし、それ故アメリカとヨーロッパでは保護主義を引き起こすことになるとは、気づいていないようだ。

 労働市場の規制緩和によって起きるべくして起きた失業率上昇によって、日本では、西洋諸国の時よりも、ひどい社会不安がおきるだろう。十分な福祉がなければ、社会不安が起きる。西洋諸国の経験からは、この状態が急激に生じるものではないとわかる。

 西洋ほどの大量失業を日本へ持ち込むなら、最終的に西洋式の福祉を確立しなければならない。だが、西洋の政府は、反社会的な下層階級を創り出すという理由で、福祉を削減している。再度繰り返すが、日本が要求されているのは、西洋のどの国も解決できない問題までも持ち込むことなのだ。

 日本に西洋式の福祉が登場してもしなくても、失業率上昇の結果は、単に貧富の差が大きく広がるだけだろう。完全雇用を放棄するように主張することで、超国家組織が要求しているのは、これまで日本の社会的平和を維持してきた平等主義なタイプの資本主義を、捨て去ることだ。

 株主の利害を何よりも優先する西洋の資本主義とは対照的に、日本の資本主義では、社会と政治の正統性は、雇用創出に由来する。西洋主導の超国家組織から絶えず要求されて日本政府が導入する政策のために、この独特な日本的資本主義は、維持できなくなるかもしれない。

 一九九八年の『ビッグバン』で、金融機関の規制が緩和されたが、日本にとって、これは、運命の一歩だった。金融の規制緩和と、日本の雇用中心資本主義の維持は両立できない。日本企業の業績を評価するとき、外国の銀行は、日本の雇用を維持するための配慮よりも、株主にとっての価値を基準とするだろう。日本と西欧企業の共同事業の場合も、英米基準による業績と生産性をあてはめようとする、一方的な圧力がかかるだろう。時とともに、金融の規制緩和が、計画通り進むなら、これまで日本の完全雇用を支えてきた銀行と企業の相互ネットワークは、解消される。

長期的な影響力をもつこのような圧力は、日本に西洋のような失業を、確実に持ち込むことになる。そのような成り行きは、五十年代以降、社会と産業の対立を抑えてきた不文律の社会契約が、終わることを意味する。この社会契約が、長続きするような形で、更新されなければ、日本社会の独特なきずなは、壊れ始めるだろう。日本は、他のアジア諸国に続いて、政治不安に陥るかもしれない。その時点で、現在から見ればはるか遠い先のようにみえるが、国家の行く先が、突然、急激な変化を起こす可能性は排除できない。

 日本の経済問題を解決するとすれば、独特の経済文化を解体するのではなく、修正するものでなければならない。日本経済に対して、絶え間なく突きつけられる西洋の処方箋では、日本が遅かれ早かれ、西洋の一員になると仮定している。日本の歴史に、そのような期待の裏付けとなるものは何もない。日本の歴史からわかるのは、国家の政策が、突然変化した例が幾度かあることだ。しかし、そのいずれの場合も、独自の文化を放棄したためしはない。明治時代の近代化が成功したのは、主に日本による近代化だったという理由による。同様に、経済近代化が今日の日本で成功するとすれば、強制された西洋化の政策でない場合だけだ。

 社会のきずなを犠牲にする経済改革は、日本の選挙民に正統なものとして受け入れられないだろう。日本の労働市場は、職業不安を大きく増大させずに、もっとフレキシブルになれるだろうか? なんとか再び経済成長するためには、他の先進工業社会を真似するべきだろうか? 或いは、商品や、サービス、ライフスタイルの質が向上する意味をあらわすように、経済成長自体を、再定義するべきだろうか? これは、今後、日本が答えを出すことになる問題だが、現在の危機に対する解決とはならない。

 デフレが悪化し、グローバルな不況のきっかけとなる見通しは、遠い先でも、架空の議論でもない。それは、現実の、間近に迫っているものだ。西洋の政府が日本につきつけている政策を実行すれば、デフレを退治することなく、第二次世界大戦後社会のきずなと政治の安定を維持してきた日本の社会契約を崩壊させてしまうかもしれないというのが、現状の危険だ。

 市場を規制緩和せよとする西洋の圧力によって、日本の政府には、政策の選択肢がほとんどなくなる。そして、世界経済に重大な脅威を及ばさない選択肢は、皆無となる。

 

 

 

 ヨーロッパの社会的市場経済に未来はあるか?

 

 グローバルな金融機関のシステミックな危機によって、ユーロの導入が挫折する可能性がある。しかし、その危機を乗り越えるなら、ヨーロッパ連合は、統一通貨によって、世界市場で、これまでにないほどの存在感をえることになるだろう。これまでの議論は、グローバル経済にとってどのような意味を持つかということよりも、繁栄を手に入れるための国内の障害に焦点を当ててきた。だが、前者も、大きな影響を及ぼす可能性がある。

 ヨーロッパ連合は、世界市場による動揺から、統一通貨でユーロ圏を守ることはできない。しかし、アメリカと対等の条件で、交渉のテーブルにつく経済力が得られる。EUの加盟国がすべて、統一通貨に加入すれば、ユーロ圏は、世界で最大の経済域となり、ユーロは、支配通貨としてのドルを、おびやかすだろう。もし、ユーロの信認が確立されるなら、ドル崩壊の可能性は高まる。さらに、事態が進展するなら、アメリカが世界最大の債務国として繁栄できなくなる日を、ユーロは、早めるだろう。時とともに、おそらくかなり急速に、世界で経済力の均衡に変化が訪れるのは、避けられない。

 新通貨が成功する内部条件が整っていないのは、事実だ。単一金利体制では、景気停滞に陥る国や地方があれば、繁栄するところもある。このような多様性にアメリカを適応させたような条件は、EUにはない。現状では、ヨーロッパ大陸全土での労働の移動性は存在せず、ヨーロッパの不況地域に、大量失業が発生するのを防ぐ財政メカニズムはない。

 ユーロが導入されたら、ヨーロッパの制度は、このような欠陥を修復しなければならなくなるだろう。統一通貨体制から生ずる必要性やその制限条件に対して、各国がもっと柔軟に対応できるような政策を、立案するように迫られるかもしれない。しかし、ヨーロッパは、決してアメリカではなく、今後もそうなることはないと、認識することになる。様々な歴史的生活共同体が長い間住み着いているヨーロッパ大陸では、アメリカなみの労働移動性は不可能であり、さらに望ましくもない。また、あえていうなら、アメリカのような権力を持ったヨーロッパ国家が、登場することもないだろう。ヨーロッパの制度は、発展し続けるが、混合状態のままだろう。ヨーロッパの支配権は、各国の政府とEU本部の間を、バランスをとりながら移動することになる。

 ヨーロッパの資本主義は、アメリカの自由市場とは大きく異なるままだろう。ヨーロッパのどの国も、英国でさえ、自由市場のために、アメリカに生じた社会的欠陥の水準は容認できない。国家と市民社会の境界は、これまでと同様に、往来可能で、交渉もできるだろう。歴史的な記憶や、土地に対する愛着は、アメリカモデルのような移動性の妨げとなる。これらすべての理由から、自由市場は、ヨーロッパ大陸の社会的市場にとってかわることはないだろう。

 だが、ヨーロッパの社会的市場は、現在の形のままで存在することは不可能だ。第一に、失業率は、いつまでもこの状態を続けられない水準だ(EU全体で、十一%を越えている)。全人口が高齢化すると、これほどの失業が財政に与える意味は大きい。しかし、大量失業による財政問題は、最悪の脅威ではない。

 大量失業により、ヨーロッパ中で社会的な排斥と疎外が、激しくなっている。ヨーロッパ大陸では、大半の国に、急進的右翼の有力な政党がある。フランスとオーストラリアでは、中道派政党に政治取引の条件を無理強いしているのは、社会的に排斥されたグループが支持基盤の一つとなった極右翼の政党だ。このようなヨーロッパ諸国で、政治の中心となる立場をきめるのは、リベラルな価値観ではなく、反リベラルの政党だ。

 統一通貨の初期に、ヨーロッパの制度が直面する危険は、市民の心の中で、ヨーロッパ連合が大量失業と結びつくようになることだ。ヨーロッパの制度をこのようなものと考える選挙民は、右派の政党に利用されやすい。二、三年の間に、急進的な右翼が、EU加盟諸国の政権に参加することはないだろう。しかし、穏健派政権によって政策がつくられる状況を、急進的な右翼が、自分たちに都合のよいようにもっていくことは可能だ。

 ヨーロッパ連合を含む大ヨーロッパでは、極右翼の政党は、もっと大きな権力を行使できるだろう。国家が弱体であれば、簡単にバルカン化できる。かなりの力を持つ少数民族がいれば、その国は、民族的な国家主義の犠牲となりやすい。旧共産主義国で事件が起きれば、ヨーロッパには紛争の種がまだあることを、思い出させるのに効果があるだろう。

 グローバルな自由市場では、経済への参加から排除されていた社会的グループは、過激派の活動に対する支持者として復帰し、政治を悩ましている。ジグムント・バウマンの記述は、この成り行きを、うまく表現している。「グローバル化のプロセスに必要不可欠なものとして、空間的な隔離や、分離、排斥が進行している。新しい民族の傾向や、根本主義傾向は、グローバル化の結末を末端で受けている人々の経験を反映しているが、広く『上部(つまりグローバル化された上層部での)文化の混血化』とされているものと同じように、グローバル化の正統な結果である」。

 社会民主主義者は、ヨーロッパの社会的市場が、グローバルな自由放任の枠内で、再生できると考えている。しかし、世界中を自由に動き回る資金により、ケインズ政策は効果がなくなった。そのケインズ政策によって、社会民主主義体制は、これまで完全雇用を達成してきた。グローバルな自由貿易のため、社会的な責任を負担する資本主義での規制と税金のコストを、支えるのは難しくなっている。このような状況が更に進む限り、ヨーロッパの社会的市場は、グローバル市場の絶え間ない影響にさらされるだろう。社会的な排斥と政治的な疎外が、常に脅威となる。

 この主張は、ラインモデルの資本主義が、消滅する運命にあるといっているのではない。その逆であり、ドイツの資本主義は、統一という悪夢のような出来事を乗り越えて、ヨーロッパで第一の経済力となった。ラインモデルの問題は、利害関係者の利益を、株主の利益よりも優先し続けられるだろうかということだ。グローバルな自由放任のルールが変わらない限り、その答えは、続けられないということになる。

 グローバル市場が、そのような企業の株価を、容赦なく攻撃するだろう。統一通貨で統合されたヨーロッパでも、ドイツの社会的市場は、現在のままではいられない。ドイツでも、ヨーロッパ大陸の他の国でも、社会的市場は、アングロサクソン流の自由市場に、向かってつき進むだろう。それでもやはり、三十年後には、ヨーロッパの社会的市場を、識別するのは困難になるかもしれない。

 統一通貨は、百年もの間、グローバル化の過程で生じた競争激化という影響から、ヨーロッパを守ることはできない。グローバルな自由放任が、歴史という試験に合格した後かなりたってから、ヨーロッパは、工業化によって、元に戻せないような変化をとげた世界で、ふさわしい場所を見つける必要があるだろう。

 また統一通貨は、近隣諸国の経済崩壊に付随する影響から、ヨーロッパを守ることもできない。ロシアが、ルーブル崩壊の後に、混沌に陥るとしたら、そのことが、ヨーロッパ諸国の経済に及ぼす直接の影響は、何とか吸収できるかもしれない。だが、社会と政治へ及ぼす影響は、かなりのものになるだろう。ポーランドのような国は、東側国境付近で、大規模な人口移動の怖れがあるとき、どのような対応をするだろうか。そのような大きな難民危機が起きれば、東へ向かうEUの拡大戦略は、どのような影響を受けるだろうか。

 統一通貨は、そのような問題を扱うために、ヨーロッパでほとんど役に立たないだろう。だが、ヨーロッパ連合にとっては、グローバルな自由放任によっておきる、さらに大規模な危機に対応するための強力な武器になる。世界市場が、押さえ込めないような圧力によって崩壊し始めるとすれば、ヨーロッパ連合は最大の経済圏となろう。その規模と資産で、資金の移動を制限する改革を迫ることが可能だろう。もし、ヨーロッパが、今後の混乱を生き延びるとすれば、そのかなめとなるユーロの地位によって、投機的な通貨取引の規制を促すヨーロッパ連合の発言権は、強まるだろう。一九三〇年代のヨーロッパのようなグローバルな恐慌でも、アメリカや、アジア諸国の状態よりましとなるかもしれない。

 自由市場が、英語圏で持っていたような支配権を、ヨーロッパにでえることはない。グローバルな自由放任体制が崩壊するとき、世界経済の新しい枠組みを構築するために、ヨーロッパ連合が、主導権を握れるかどうかはわからない。

 

 

 

 できることは何か

 

 世界経済が危機にあるというコンセンサスはまだない。超国家組織と主流派の政党は、アジアの不況は沈静化できると考えている。世界経済の徹底的な改革が必要なことは、理解されていない。このような理解がいまだにないことが、将来に対する悲観主義の理由だ。

 世界の主流である考え方によれば、アジア危機は、起きるはずではなかった。このような世界観によると、自由な資金の移動が、経済効率を最大にまであげるように働くはずだ。インドネシアのように、そのために経済全体が破壊される場合でも、そうだ。現在有力となっている世界観では、経済効率は、人間の幸福と切り離されている。

 経済哲学の根本的な変化が必要だ。市場の自由は、それ自体が目的ではなく、その場しのぎの手段であり、方策なのだ。市場が人間に奉仕すべきものであり、人間が市場に奉仕するのではない。グローバルな自由市場では、経済手段を社会的に管理して、政治で支配する機能が、危険なほど失われている。

 超国家組織の中では、市場原理主義の可否が問われ始めている兆しがある。資本は自由に移動できなければならないとする定説や、「ワシントン・コンセンサス」のような教義は、しばしば批判の対象となっている。それにもかかわらず、英米式自由市場が、至る所で経済改革の手本となっている。世界経済が一つの普遍的な市場にならねばならないという思想の正当性については、いまだに問題となっていない。

 どの経済理論にも、自由市場の力に対する決定的な説明はない。自由市場は、西洋文明に何度もあらわれるユートピア思想だ。世界的な自由市場には、普遍的な文明という西洋の啓蒙思想があらわれている。それが、特にアメリカで、自由市場が好まれる理由だ。それはまた、現在の状態を、ひどく危険なものにする。

 グローバル化が(すなわち、距離感をなくすような新技術が世界中に普及すること)、西洋の価値観を世界中に行き渡らせることはない。多元社会を元に戻すことが不可能になる。ますます世界経済が相互につながることの意味は、一つの経済文明の成長ではない。永久に異なるままの経済文化の間で、生活様式を、探さなければならないだろうという意味だ。

 超国家組織の課題は、多様な市場経済が繁栄できるような規制の枠組みを作り上げることだ。現在行っていることはその逆だ。多様な経済文化に対して徹底的に作り直せと、強制しようとしている。歴史をひもとくなら、グローバルな自由放任が簡単に改革できるという希望を裏付けるものはない。最初にあらわれた自由市場の場合、西洋の政府による正統派支配を揺るがすためには、大恐慌の大惨事と、第二次世界大戦の経験が、必要だった。これまでに経験したものよりもさらに大きな影響を及ぼす経済危機がくるまでは、グローバルな自由放任以外に可能な選択肢が出現するとは考えられない。おそらく、グローバル自由市場を支えている経済哲学が、完全に放棄されるのは、アジアの不況が、世界の大半に広がったあとだろう。

 アメリカの政策に根本的な変化がなければ、グローバル市場のあらゆる改革案は、無益なものとなろう。現在、アメリカは、世界中の司法権について何でも口を出すことを、自国の国家主権に対する絶対的な執着と、結びつけていている。そのような方法は、グローバル化によって生まれた多元主義の世界には、もっともふさわしくないものだ。

 アメリカの政策によって実際に起きることは、グローバル市場の不安定さに耐えられなくなったとき、他の国が、一方的な行動をとるだろうということだけかもしれない。その時点で、グローバルな自由放任という、ずさんな体系は、崩壊し始めるのだ。

 グローバルな自由市場という構想は、衰退する運命にある。この点で、他の点と同様に、ユートピア思想の社会工学による二十世紀に行われたもう一つの実験である、マルクスの社会主義によく似ている。どちらも、人類の進歩は、ある一つの文明を目標にしなければならないとしている。どちらも、近代経済が、様々な変種となる可能性を、否定し、一つの見方を世界に押しつけるためには、人類は苦渋に満ちた大きな代償を払ってもかまわないとする。どちらも、必要欠くべからざる人間の必要性のために、挫折した。

 もし、歴史に学ぶなら、もうすぐ、グローバルな自由放任が、取り戻せない過去のものとなると思わねばならない。他の二十世紀のユートピアと同じように、グローバルな自由放任は、その犠牲者もろとも、歴史の記憶という穴蔵へ、のみこまれていくだろう。

 

 

 

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